法人版事業承継税制(特例措置・贈与)に関して見逃しやすいポイント

 金融機関や社長さん同士の集まり、または顧問税理士からの情報提供で、法人版事業承継税制(特例措置・贈与)に関しての話を聞く事があるかと思います。

そこでは贈与税がかからずに株を後継者に簡単な手続きで移転できるというような説明を受けているかもしれません。

 制度を十分に理解したうえで、法人版事業承継税制(特例措置・贈与)を適用するのなら良いのですが、税金が免除されるというような程度の理解でこの税制を適用するのは、あまりにも将来の経営に影響を及ぼす可能性があるため、特に見逃しやすいポイントだけ説明させていただきます。
 このページは相続ではなく贈与について、また一般処置ではなくて特例措置について解説させていただいていますので、その点はご注意ください。

また、下記に記載しているように非常にリスクの高い特例となりますので、当事務所では事業承継税制の適用サポートは既存のお客様のみ実施させていただいており、一見のお客様の対応はお断りさせていただいておりますので、ご了承ください。





 まず法人版事業承継税制(特例措置・贈与)を適用しても、取消要件が25個もあります。ただ取消要件については、どこのサイトでも解説しているかと思いますので、ここでは敢えて1個1個は取り上げません。
 また、
・贈与後に後継者が代表者を退任
・雇用の平均8割要件
・納税猶予された株を譲渡する
・定期的に税務署や都道府県に届け出を行う
といった要件も誰でも注意すると思うので、ここでは敢えて取り上げません。

ここでは適用に当たって、特に見逃しやすそうなポイントや勘違いしてそうな点に絞って説明させていただきます。

見逃し又は勘違いしやすいポイント

1.贈与税の免除ではなくて基本的に猶予である点

 税理士なら当然知っている話ですが、経営者同士の集まりや金融機関からの説明では、キチンと説明を受けていない可能性があるので、ここで上げさせていただきました。
 経営者同士で交流会を行うというのはよくあるケースだと思いますが、そこでうちの会社は法人版事業承継税制(特例措置・贈与)を使って贈与税が免除された!というような話を聞いたことがあるかもしれません。
 その話を聞いて良いなうちの会社にも使いたいなと思う経営者様もたくさんいらっしゃるかと思います。

 ただ免除されたというのは明確な誤りで、正確には税金の支払いが猶予されているだけです。
 具体的にどのタイミングまで贈与税の納税が猶予されているかというと、贈与者が亡くなって相続税の計算を行うタイミングまでです。
 なんだ先代が亡くなるまでなら直ぐじゃないかと思うかもしれませんが、あくまでもそれは贈与税が免除されただけで合って、法人版事業承継税制(特例措置・贈与)の対象となった株式について今度は相続税がかかってきます。
 このタイミングで切替確認申請という手続きを行った場合、今度は相続税の納付が猶予されるのですが、この相続税が免除されるタイミングが、基本的には後継者からさらに次の後継者にバトンタッチするまでです。
 例えば40代で後継者に法人版事業承継税制(特例措置・贈与)を利用した場合、さらに次の後継者にバトンタッチするまで、30年近くかかる可能性があります。
 その間たくさんある取消要件をミスなく、守り続ける事ができるでしょうか。個人的には届出書の提出を外注している場合は10年くらい経つと適用したことすら忘れてしまうのではないかと思っています。

 また世の中の変化が激しく1年先でも見通す事が難しい時代に、かなりの長期間にわたって要件を守り続けるというのはかなり困難ではないかとも考えています。
 ですので、適用する場合には本当に長期間に渡って経営に制限を課すような税制を適応してよいのかを慎重に判断してください。

2.資産保有型会社の落とし穴

 個人的に法人版事業承継税制(特例措置・贈与)をお勧めしていないのはこの要件があるからです。
資産保有型会社について、文字上では金融機関や税理士から説明を受けているかと思いますが、本当に会社を経営するという立場になって考えてみた事はありますでしょうか。

 資産保有型会社とは何か簡単に言いますと、特定資産の帳簿価額の合計が資産の帳簿価額の70%以上になってしまった会社を言います。
 では特定資産には何が入っているかと言いますと、

  1. 有価証券等
  2. 現に自ら使用していない不動産
  3. ゴルフ会員権等
  4. 絵画、貴金属等
  5. 現預金その他これらに類する資産

 ここで有価証券等や土地については、通常の相続税でもチェックする必要があるので、どの税理士や金融機関の担当者でも注意するかと思います。
 ただここでかなり注意しておかなければならないといけないのは、現に自ら使用していない不動産、そして現預金が含まれてしまっている点です。
 自分で使用していないといけないので、第三者に賃貸に出している不動産はアウトになってしまいますし、役員用の住宅も第三者への賃貸に該当してしまいます。
 ですので、長い経営の中で賃貸収入を得たいと思ったとしても、それを行うと特定資産に該当してしまいますので、70%要件を気にする必要が出てきてしまいます。

また現預金も含まれてしまうため、不況に備えてキャッシュを多めに持っておこうとしても、70%要件を満たす必要があるため、常に比率に気を配らなければならなくなります。
 個人的には中小企業は上場企業と違って現預金を厚くして自己資本比率を高める必要があると思っていますので、この現預金要件はかなり問題だなと感じています。
 また
 またこの現預金の中には代表者による貸付金等も含まれており、見逃しやすいので本当に注意してください。

 この資産管理会社に該当してしまった場合、以前までは一発でアウトになっていたのですが、平成31年の税制改正で6か月以内にやむを得ない事情により資産管理会社に該当しなくなった場合は、取消事由に当たらないとう緩和措置が取られるようになりました。
 ただここでやむを得ない事情という事で例示として挙げられているのが、資金の借り入れや資産の譲渡、損害保険の受取となっており、本当に臨時的な理由でないと認められない可能性が高いので、注意が必要です。(私が都道府県の担当者に確認したところ、売掛金の入金等については経常的な理由で臨時的な理由には当たらないというような説明を受けました。全都道府県で同様の扱いかどうかについてはわかりませんが、、、)

 特に建設関係だと完成時に一気に多額のキャッシュが入ってきて、特定資産の割合が70%を超える可能性があるので特に注意が必要だと思いますし、見逃しやすいかと思います。

3.資産保有型会社の例外規定~

 上記で説明した資産保有型会社についてですが、下記の3つの要件を全て満たしている場合には、例外的に資産保有型会社として取り扱わない事が出来ますので合わせて確認しておいて下さい。

⑴ 3年以上継続して商品販売等を行っていること
⑵ 常時、使用している従業員(経営承継受贈者等と生計を一にする親族を除く)の数が5名以上であること
⑶ 事務所、店舗、工場等事業を実施するために必要な固定施設を保有しているか、又は賃貸している。

 このうち小規模な会社の事業承継で一番要件を満たさなくなる可能性があるのが、⑵の親族以外の従業員を5名以上雇うという要件です。

 最初の1年くらいは意識しているかもしれませんが、経営を5年・10年と続けているうちに要件の事を忘れてしまい、人件費を削減するために従業員を減らしたタイミングで、たまたま資産保有型会社の要件を満たしてしまい、例外規定も適用できなくなってしまう事も最悪あり得ます。
 その場合、猶予していた贈与税さらには利子税も納付しなければなりません。

 この資産保有型会社の要件は5年の事業継続期間が終了した後も、次の後継者にバトンタッチするまで延々と満たし続ける必要があります。
 そのため、何度も言いますが、本当に1年先の経営環境も予想するのが難しいような変化の激しい時代に、事業承継税制の適用要件を守ったまま10年・20年経営を続ける事が出来るのかを慎重に判断していただく事をお勧めします。

最後に

 上記で色々とリスクを説明してきましたが、もし、法人版事業承継税制(特例措置・贈与)を勧めてくる人がいましたら、一度取消要件の一つの「資産管理会社について詳しく教えてください。」と聞いてみてください。

 そこで現金預金や貸付不動産、役員貸付金について詳しい説明がなかった場合には、その担当者は事業承継税制についてのリスクを過小評価していたり、制度の理解が不十分の可能性があるため、その人の勧めで制度を適用するのは危険かと思います。

 以上贈与税の免除ではなくて基本的に猶予である点と資産保有型会社について見逃しやすい点を説明させていただきました。特に資産保有型会社については、従業員数が5人未満の会社では例外規定も適用できませんので、日々の現預金残高等の比率にも常に意識を向ける必要があり、比率を70%以下に下げるためにわざと現預金を減らすというような経営にとって本末転倒な事態にもなりかねませんので、適用は慎重に行うようお勧めいたします。

 注 令和3年7月1日現在の法令・通達等に基づいて作成しています。